その日は野宿、というコトになり、オレ達は早々に準備に取り掛かっていた。
いつものようにエイトが調理を始め、ヤンガスとゼシカが水を汲みに行く。残ったオレは、薪にくべる為の木切れを探しに森の
中へと入っていった。
少し薄暗くなり始めた森の中、落ちている木切れを広い集めていき―――ふと、ソレが目に入った。
「うう・・・・パパ・・・・ママ・・・・・・・シィルもすぐにそっちに逝くわ・・・」
幹にロープをぶら下げて、今にも首を吊ろうとしている少女が一人。
「って、うわあぁぁぁ!? ちょっと待てぇぇぇ!」
「え? きゃあっ!」
慌てて止めに入って彼女を地に下ろす。人が居たことに驚いたのか、少女はオレを見上げて呆然としている。
「い・・・命は粗末にするモノじゃないぜ。こんなに可愛いのに、死ぬなんて勿体無い」
表情は暗いが、ふわふわの栗色の髪と、大きめな瞳はなかなか魅力的だ。笑ったらきっと可愛いだろう。
―――が、少女はその瞳にみるみるうちに涙を溢れさせると、ほぼ絶叫に近い声で泣き出した。
なんとかみんなのところに連れて帰ってくると、エイト達のところにも『客』が来ていた。
彼らは少女を見るなり「探したんですよ、団長」とほっと胸をなでおろす。
いったいなにがと話を聞けば、少女は名をシィルと名乗り、コトの次第を話し始めた。
「その。私、親から、劇団を受け継いだんです・・・」
「劇団?」
エイトの問いに、こくんと頷くと彼女は言葉を続ける。
「ええ。パパたちは、去年不慮の事故で亡くなって・・・。それで、未熟ながらも私が団長になったんです。
みんなの助けもあって、少しずついろんなコトを学んでいたんですけど・・・。
何故かミランダさん・・・あ、劇団・フロリオの団長さんなんですけど、彼女からイヤガラセを受けてしまっていて・・・」
その言葉に、思わず顔を見合わせる。演劇のコトはよくわからないけど、そういうイザコザなんてのはドコの世界にもあるもの
だろう。けれど、命を絶ちたくなるほどのイヤガラセって。
「そんなにひどいイヤガラセなのかの?」
話を促すトロデ王に、彼女は再び涙を零し始める。・・・ちなみに、劇団員の皆さんは、トロデ王の顔を良くできた特殊メイクです
ね、とかなんとか言っていた。せっかくなので、誤解させとく。そのほうが楽だし。
「うう・・・それが・・・劇団員を引き抜いたり、小道具に細工したり、ごろつき雇ってヤジ飛ばしてきたり、貼ったチラシを全部剥が
されたり、テントに乗り込んできてイヤミ言われまくったり・・・」
「うわあ」
思わず呻く。なんていうか、それは相当嫌われているような。なにかしたのか、という問いに、彼女は首を振るばかり。
他の人たちに聞いても、心当たりがないらしく、お互いに顔を見合わせている。
「酷い話だわっ。負けちゃダメよ、シィルさんっ」
「でも・・・・もうダメです・・・。十日後にコンクールがあるんですけど・・・・ついさっき、主役の男の人が書置き残して居なくなっ
ちゃってて。どうも倍のお給金でミランダさんに・・・」
「なにそれっ、ひっどい!」
憤慨するゼシカに、シィルは俯き「もういいんです」と再びしくしく泣き出した。
「このままずぅっとイヤガラセを受け付けるくらいなら、もういっそパパ達のところへ逝ったほうがずっと良いです」
「全然良くないぞぃ! ミーティアと同じ年頃の娘が、こんなに頑張っているのに報われないのは、あまりに哀れじゃ!」
おっさんも腹に据えかねたらしく、切り株から立ち上がってオレに視線を向けると、
「ククール! おぬし、代わりに主役をやるのじゃ!」
―――はい?
「えええっ、ほ、ホントですか!?」
がばっと顔を上げて、キラキラした顔で見つめるシィルとその他大勢。
「ちょっ・・・ちょっと待て、オレ、劇なんて」
「なぁに。こやつは頭と口は回るのじゃ。顔もこのとおりムダにいいからの。主役にはもってこいじゃ!」
「ま、待て待て! 勝手に」
「あああ、ありがとうございます、ありがとうございますー!! み・・・みんな・・・希望の光が見えてきたわ!」
「いやあの」
「そうと決まったら、みんな! 今から衣装の作り直し! ククールさんのために、台本もちょっと直すわ!
さぁっ、いきましょう、ククールさん! 目指すは優勝!」
『おぉー!』
・・・・オレの言葉をかき消して。さっきまで死んだ魚のような目をしていた劇団員の皆さんは、異様なまでにテンション上げて
復活し、イヤがるオレの腕を掴んでずるずると歩かせるのだった。
「大変なコトになったな」
エイトの言葉に、オレは小さく頷いた。あのあと、止める間もなくいろんなコトが決まってしまった。
オレは主役、というのはまぁいいとして。ゼシカもキャストとして参加決定。味方の魔女だそうな。ヤンガスは敵その一。
不器用なエイトは、雑用兼用心棒だそうだ。まぁあいつが手伝うと、逆に壊しかねないしな。妥当だと思う。
新しく書き下ろしたという台本を一通り読んで、台詞を頭に中へと叩き込む。問題は、台詞を覚えてもそれに見合った演技が
できるか、というコトなのだか。
「ゼシカは?」
隣に腰掛けてきたエイトに問うと、「彼女は馬車の中で台本を読んでいる」との答え。
ちなみに、ストーリーは、悪い魔法使いに呪いを幼子の頃に呪いをかけられた姫を助ける王子、というよくあるモノだ。
彼女の住む城が茨に囲まれて百年の眠りにつく。・・・その行を聞いたエイトとトロデ王は、何故か苦虫を噛み潰したような
顔をしていた。
そういえば、トロデーンも呪われて茨に包まれているんだっけ。もっとも、姫は眠らずに、馬になったけど。
で、その姫を颯爽と助け出すのが、オレってわけだ。
「・・・出来そうか?」
心配そうに手元の台本を見つめるエイトに、肩をすくめる。
「まぁ・・・なんとかするよ。いざとなったら、アドリブでもいいって、シィルが言ってたし」
「そうか。・・・すまない。私もなにかしら力になれればよかったんだか・・・・その・・・こういうモノは苦手で」
「気にするなって。それよりも当日、ミランダとかいうお嬢さんが邪魔してこないように、ガード頼むぜ」
「ああ。まかせてくれ。君は私が守ってみせる」
まるで誓いを立てる騎士のように、真剣な眼差しで言ってくるエイトに、何故か一瞬言葉をなくす。
「・・・? どうした?」
「あー・・・・・。オレって意外とエイトに愛されてるなぁって」
答えのないオレを不思議そうに見上げてきたエイトに、そう答えた途端、彼女は硬直して頬を赤く染めた。
「告白っぽい台詞だよなー、今の」
無意識にこういう台詞がでるあたり、エイトらしい。つか、それって普通男が女に言う言葉だよな。
「そういや、ゼシカにはこの手の台詞は通じなかったもんなぁ。もしかして、エイト、さきにゼシカにそういうコト言ったりした?」
「・・・っ・・・・。・・・・・・・いや、言ってない、が」
ふぃっと視線を逸らして、小さくため息。そっか。言ってないか・・・。ま、ゼシカも大人しく守られてるような女の子じゃないしな。
そんなコトを考えていると、エイトが立ち上がる。その顔はもう赤くなってなくて、いつものエイトに戻っている。
「・・・・・・私がいては、暗記の邪魔だろう。そろそろ行く」
「あぁ。エイトはこれから見回り?」
「ミランダと言うものがどこにいるのかわからないからな。君も出来るだけ一人になるな」
そう言うと、彼女はテントから出て行った。
それから残りの日々は怒涛のように過ぎていく。
ミランダ対策のため、町の近くまで来てもテントでひたすら稽古。なんとか形になってきた頃には、コンクールは明日になっ
ていたのだが・・・その日の夕方、事件は起こった。
「オーホホホホホ! あいっからわずちっさな劇団ですこと!」
夕日を背にして不自然な高笑いと共に現れたのは、金髪でやたら身長の高い女だった。逆光でよくはみえないが、ドピンク
の体系に合わせたのだと思われるドレスを着込み、極楽鳥の羽で作ったような扇子をひらひらさせつつ、しゃなりしゃなりとお
供をつれて中へと入ってくる。
誰だ、と思う間もなく、シィルが強張った声を上げた。
「ミ・・・ミランダさん・・・!?」
・・・・・なるほど、こいつがミランダか。様子を伺えば、他の団員も強張った顔をしている。
って、エイトはどーした。見張りをしていたのでは。振り返って青ざめるシィルに問えば、
「ごめんなさい。さっき道具が足りなかったんで買いに行ってもらいました」
「他のヤツに頼めよ」
思わず呻くが、そんな場合じゃないと思い直してミランダのほうを向きなおす。
「悪いけど、練習中なんだ。申し訳ないけれど、外に出てくれないかな?」
そう告げると、ミランダは一瞬、瞳に敵意を乗せてオレを睨んでくるが、目があった瞬間それは掻き消えた。
「あぁら! 随分といい男がはいったじゃないの?」
嬉しそうに声を弾ませ、近寄ってくる。って待て。なんでそうなる?
「んふふふふ。いいわねー。レイドよりいいわぁ」
・・・・レイドってのは、前に引き抜いた男だろうか。まぁ、確かに顔ならその辺りのオトコには負けない自信はあるが・・・・。
・・・・・・・あれ?
「ミ、ミランダさんっ・・・・かか、帰ってくださいっ!」
「ああら。陣中見舞いってヤツよ。そんなに邪険にしないで。シィルちゃん?」
「いいい、いりませんっ! 帰ってくださいっ!」
必死にそう言うシィルを、どこかこばかにしたように見やりつつ、ミランダは持っていた扇子をひらりとオレのほうへ。
「ねーぇ。あたしのトコにきなさい。お給料二倍・・・・ううん、あなたなら五倍出していいわ。
悪い条件じゃないでしょ?」
「いやです」
申し出に、あっさり返すオレ。
「あら。じゃあもっと出してもいいのよ?」
「どんなに出されても、お断りします。オカマの餌食にはなりたくないんで」
オレの言葉に、ミランダのコメカミに青筋が浮かぶ。
そう! なんかやたらにでかい女だな、と思ったら、でかいんじゃなくて、ごつかった!
服もぴちぴちっていうか今にもびりびりってなりそうなくらいな筋肉で盛り上っているし、金髪もよくみりゃズラだし!
・・・基本的に、オレはその人が真剣になっているのなら、オカマでもレズでもホモでもバイでもいいと思っている。
だけど、こいつは別だ。こんなのにネチネチといぢめられてたシィルに、同情心が膨れ上がる。
「ふ・・・んふふ・・・。よくも言ったわね。ヲトメの心を傷つけた罪は重いのよ。
外でこのコトについて話したいから、いらっしゃい、坊や」
言って手のオレのほうへと伸ばして―――
べぢんッ!
入り口から飛んできたスリッパがミランダの後頭部を直撃! 流石に痛かったらしく、変なうめき声をあげて怒りの形相で振り
返るミランダ!
その入り口に立っていたのは、買い物を終えたらしいエイト。射抜くような視線を受けて、一瞬たじろいだものの、すぐに持ち
直したらしいミランダが噛み付く。
・・・というか、何故スリッパ。エイトなりの手加減、と言ったところか?
「な・・・なんなのよっ。痛いじゃない!」
「彼から離れろ」
言うその言葉には、隠そうともしない怒気が含まれている。これは・・・エイト、相当怒ってるな。
自分の留守に侵入を許してしまったことへの怒りがそうさせているのか、彼女はテントの中へと入り、入り口を指すと、ミラン
ダ達を睨めつけ、
「出て行け」
と告げる。
「きょ・・・・・・今日のところは、コレくらいで勘弁してあげるわっ。
また明日、会いましょう!」
お約束の言葉を言うと、そそくさと出て行くミランダ達。ああ、テントの中が広くなった、というか、空気が軽くなった、というか。
ほっとしていると、エイトが駆け寄ってくる。その顔には、さっきまでの怒りはなく、むしろ焦っているような・・・・。
「・・・無事か?」
「ああ。みんなにもこれといって被害はないし」
ほっとしたのか、俯いて「よかった」と呟く。
にしても・・・・・・・・・やっぱり怖いな、エイト・・・・・。オレも怒らせないようにしよう。
「今のが噂のミランダね。・・・・・ところで、あいつ・・・・・・・・・その・・・・・・・・・おとこ?」
怯えるシィルの肩を擦りながら、ゼシカが尋ねる。と、彼女はびくんと大きく振るえ、ふるふる頭を振ってから、
「いいえ、オンナです。女の人です。オオオ、オカマなんて言ったら、どんな恐ろしいコトされるか・・・!
く、口が裂けてもそんなコト言ったらいけませんっ」
・・・どうやらミランダは彼女に相当のトラウマを与えているらしい。かわいそうに。
「ますます負けたくない気持ちになったな」
「そうね。頑張りましょう」
というワケで、決意も新たにオレ達はその晩の稽古に力を入れた。
そしてとうとうコンクール当日。
会場の廊下で出会ったミランダが、やたら陽気に声をかけてきた。懲りないヤツだなぁ。
「んふふ。昨日はごめんなさいねぇ。久しぶりに会ったものだから、つい調子に乗っちゃって」
「・・・・・・い・・・いえ」
怯えるシィルを庇うように、エイトが立ちはだかると、ミランダが片眉を跳ね上げた。
「・・・・ふん。なかなか美形だけど・・・・・・でも・・・・・・・・・・・・・」
・・・なにをぶつぶつ言っているんだろうか。どっちにしても、あんまりイイコトではなさそうだが。
「ねーぇ、シィルちゃん? あたしイイコト思いついたんだけど」
「なな、なんでしょうか」
エイトの後ろに隠れてぷるぷるしつつも、答えるシィル。健気だ。
「今回あなたが万が一優勝したら、あたし、もうちょっかい出すのやめてあげるわ」
「・・・・・えっ!?」
唐突な申し出に、いったい何事かとミランダを見れば―――ねっとりした笑みをオレに向けて、
「そのかわり、あたしが勝ったらアレ。あの男、あたしにちょうだい」
「え゛」
思わず振り返るが、後ろに居たはずの他の人間はすごい勢いで散らばっていた。
・・ってコトはオレか。オレのコトか。
「この条件を飲まなきゃ、あたしはずぅぅぅっとシィルちゃんの傍にいるわよ」
な・・・・なんつーイヤな交換条件を持ち出すんだこいつは!?
「いいわよ! その勝負、受けて立とうじゃないの!」
『ええええええええっ!?』
いともあっさり受けるゼシカに、絶叫するオレとシィル。って待てぇぇぇ! 勝手にオレの運命賭けないでっ!
「オーホホホホ! じゃあ約束よ! せいぜい頑張るのねっ! それじゃああとでね、坊や」
しゃなりしゃなりと去っていくミランダの後姿が廊下の角に消えたその瞬間。
「ゼシカさん」
「なに?」
「なに、じゃなくて! 勝手に話を進めるないで欲しいんですがっ!?」
つかナニ。オレ生贄? 負けでもしたら、あのオカマになにをされるかわかったものじゃない。
不幸すぎる未来が脳裏をよぎったとき、ゼシカがにやりと笑い、
「あら。まさか私たちが負けるなんて思ってるの?」
う。
思わず言葉が詰まる。いやそれは勿論そんなつもりはないけれど。
「・・・ククール」
「エイト?」
「出来る限り、応援はする。・・・・頑張ってくれ」
ぽん、と肩を叩かれる。ふと見れば、団員の方々もオレのほうを半分同情したような目で見つめつつ、
「オ・・・オレ達も、頑張ります!」
「な、なんとか勝ちましょう!」
「みんな! 気合を入れていくわよ!」
『オオオオ!』
そう、応援してくれたのだった・・・・・。
というわけで次回に続く。
エイトさんの出番が少なくてごめんなさい。
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