賢者よりをこめて

                前編




 

 それはとある町に立ち寄ったときだった。

 一週間ほど野宿が続いたので、この町でちょっと休もうと言うと、皆が嬉しそうに出かけて行く。

 それを見送ってから、エイトもトロデ王やミーティア姫の為に食料を調達しに行き―――その現場を目撃した。

 「・・そこを退いてッ」

 「いいじゃねぇかよ。オレ達とイイコトしようって」

 イラついた女性の声と、下卑た声。それに数人の笑い声が重なる。見れば、金色の髪の女性が一人、男達に絡まれていた。

 酔っ払いが歩き回るにはまだ早すぎる時間である。どうやら町のごろつきのようだが、辺りを見渡せば、巻き込まれることを恐れて
か誰もが視線を逸らし、見てみぬ振りを決め込んでいる。

 もしかしたら、こんな行為はいつものコトなのかもしれない。その証拠に囁く声に「またあいつら」とか「かわいそうに」という声が風に
乗って聞こえてくる。

 このまま放っておけば、女性にはあまり面白くない事態が待っているだろう。

 そう判断した次の瞬間、エイトは女性と男達に声をかけていた。





 「ありがとうございました」

 言って彼女は深々と頭を下げる。

 年の頃はゼシカと同じか、少し上と言ったところ。白い法衣を身に纏い、銀細工の杖と銀のサークレットを装備していた。

 顔立ちも整っていて、ククールが見たらくどき文句の一つでも口にしているかもしれない。

 そんなコトをエイトが考えていると、彼女はにっこりと微笑み口を開いた。

 「私、ルネって言います。旅をしていて、たまたまこの町に立ち寄ったんですけど、いきなりあんなコトになって・・・。
 魔力も底をついてて、ホントにどうしようかと思っちゃいました」

 「そうだったんですか。でも無事でよかったです」

 そう言って笑うエイトの背後では、町の警備隊の皆様にしょっ引かれていくごろつき達の姿。

 「それにしても、あんな大人数の荒くれ達をあっさりやっつけちゃうなんて・・・お強いんですね」

 恨み言を言いつつ、連行されいてく男達を見ながら、ルネがそう尊敬の眼差しで見つめてくる。

 「や、そんなコトないですよ」

 「いいえっ。私、感動しちゃいました。あの、お名前を聞かせていただけませんか?」

 問われて素直に名を名乗る。と、ルネはどこかうっとりするようにエイトを見つめると、

 「エイト様・・・。素敵なお名前・・・。さすが私の運命の人・・・」

 「へ?」

 聞こえてきた不可思議な言葉に、エイトが咄嗟に理解できずにきょとんとする。

 「素敵な家庭を築きましょうねっ、エイト様っ」

 宣言すると同時に彼女はエイトの手を取り握り締め、頬を染めて見つめてきたのだった・・・。




 食堂に、気まずい沈黙が下りる。

 テーブルを囲み、それぞれが微妙な顔をしてにこにこと笑うルネを見つめていた。

 危うく教会に連れて行かれそうになっていたエイトをゼシカが見つけ、事情を聞いてとりあえず全員を召集。

 そして彼女の言う「運命の人はエイト様」という話を訊き終えた時点で、ゼシカは呆れ、ヤンガスは脱力し、ククールは苦虫を噛み
潰したような顔をした。

 「あのね・・・、エイトはあなたの運命の相手なんかじゃないから。他をあたってくれない?」

 ゼシカがそう言っても、彼女はふるふると首を振り、

 「いいえッ。運命は絶対です。エイト様は私のダンナ様です」

 「だーかーらー・・・。それだけは絶対にありえないんだってばっ」

 言ってエイトを見ると、「エイト、ちゃんと言ったの? 自分のこと」と訊いてくる。首をふるエイトに、ゼシカは大きくため息をつくと、

 「言ったほうが良いわよ。このお嬢さんに、間違いだって言う決定的な証拠を」

 「・・・そうだね、言ったほうがいいよねぇ」

 二人の会話の意味がわからず、ルネが首をかしげている。

 そんな彼女の様子を見つつ、エイトは申し訳なさそうに「ごめんね」と言って頭を下げ、言葉を続けた。

 「僕、女なんだ。だから、運命とかダンナ様とか、そーいうの無理かなぁって思うんだけど・・・」

 その言葉にルネが一瞬目を見開く。が、すぐに我に返ったのか、しげしげとエイトを見つめて、真偽を確かめようとするが、もともと
ゆったりとした服装で、胸にさらしまで巻いてあるエイトの姿は、一目では女とはわからない。

 戸惑っている彼女に、エイトは胸元のヒモを引っ張ると寛げさせて、胸元を見せた。

 覗き込めば、巻かれたサラシがささやかな胸のふくらみを隠している。それを認めると、ルネはぱっと離れる。

 「女・・・・・?」

 漸く搾り出したかのような、かすれた声で呟く。それにエイトが頷くと、彼女は青ざめて立ち上がり、

 「そんなっ。やっと巡りあえた運命の方が・・・女ッ! なんて・・・・なんてっ・・・!
 ―――なんて萌えるシチュエーション!!」

 『えええええええっ!?』

 エイト以外の全員がガタガタガタっと立ち上がり身を引いていく。そんな様子に周りにいた客達も何事かと見てくるが、そんなコト
を気にしている余裕はククール達にはない。

 「女同士の禁断の愛っ。なんて素敵な響きかしらっ!」

 「ええっ!? 盛り上っちゃった!?」

 「エイト逃げろこっち来い!」

 「兄貴ィィィっ、今すぐこの町から出やしょう!」

 事態が理解できずに、ひたすら一人で盛り上るルネを呆然と見ているエイト引っ張り、その場から慌てて逃走する。

 が、運悪くというかなんというか、この町は小さく宿屋は一件しかない。

 すぐにルネも追いついてきて、がっちりとエイトの腕を掴むと、自分の部屋へと連れて行こうとする。

 「さっ、一緒に寝ましょう、エイト様っ!」

 「え、え、えっと」

 その細腕のどこにそんな力があるのか、ずるずるとエイトを引っ張っていく。慌ててゼシカとヤンガスが止めに入ると、彼女は
頬を膨らませ、

 「どうして邪魔するんですかっ」

 「いやだから、エイトはその」

 女の子だから、と続けて言おうとしたが、先ほど食堂でアレだけ盛り上っていた彼女には逆効果と考え、悩むコト数秒。

 「ク、ククールと将来を誓い合っている仲だから、あなたの相手は絶対無理なのっ」

 『ええっ!?』

 咄嗟に叫んだゼシカの言葉に、エイトとククールが同時に驚きの声を上げる。

 が、すぐにゼシカの意図を察したのか、ククールはエイトを硬直しているルネから引き離すと、自分の腕の中に納めて、

 「そういうワケなんだ。だから悪いけど、諦めてくれない?」

 「えええっ、僕いつからむぐぅっ」

 まだ事態が理解できていないエイトの口を手で塞ぐと、さっと部屋の中に飛び込んだ。途端にあがる、「納得できませんっ」という声。

 暫くなにか言っていた様だが、ゼシカにラリホーをかけられてあっさり眠ってしまったらしく、すぐに静かになった。




 次の日。予定をきりあげてさっさと旅にでようと朝一番に宿屋を出たのだが、町の入り口で待ち伏せていたらしく、エイトの姿を見る
なり駆け寄ってきて、一緒に旅をしますと言い出した。

 仕方なくこちらの目的を告げ、危険な旅になるからやめたほうが、と言う説得に、彼女はにこりと微笑んで、

 「それなら大丈夫です。私、こえう見えても結構強いんですよ。賢者だし」

 『・・・賢者?』

 あまりに似合わなさそうな言葉に、全員が首をかしげる。と、彼女はびしっと杖をかざし、

 「なんとあの伝説の七賢者の血を引く末裔なんです!」

 『うええええ!?』

 唐突なカミングアウトに全員が驚愕の声を上げ、えへんと胸をそらすルネを見つめる。

 「け、賢者の末裔って・・・。ちなみに、どの人?」

 ゼシカが恐る恐る訊くと、彼女は小首を傾げ、

 「ええっと、確かマスターなんかって人です」

 「いやあの、名前くらいちゃんと・・・」

 「私はその賢者の奥さんの妹の旦那さんのお母さんのいとこの娘の旦那さんの弟の血を引いているんですよ」

 「それって力いっぱい他人じゃ」

 「とにかく、そういう家柄だったんで、私も色々と勉強させられてて。
 でも耐えられなくなっちゃって、ちょっとグレてた時期とかあったんですけど」

 ゼシカとククールの突っ込みを無視して、彼女は更に言葉を続けていく。

 「ある日遊び人だった私は、ふと思ったんです。人生このままでいいのかと。
 そしたら賢者になってました」

 『うそつけぇぇぇぇっ!』

 流石に限界がきたらしく、エイト以外の三人が大合唱。しかしルネはそれすら無視してエイトの腕に絡みつき、にっこりと微笑み
を浮かべる。

 「そういうわけで、私頑張りますね、エイト様っ」




 てっきり反対されるのかと思ったのだが、見た目の可愛らしさからトロデ王からは「一緒に行ってもいい」とお許しが出てしまった。

 それじゃあまずはどの程度なのかをみせて貰うべく、彼女を連れて草原へ行き、ヤンガスに魔物を呼び寄せてもらう。

 現れたのは、この辺りではもっとも強いと思われる魔物。危なくなったらすぐに援護に入れるように、と構えていたのだが、その必要
はまったくなかった。

 杖を掲げ、呪文を紡ぐ。唱えたのはメラゾーマ。炎系の最大攻撃呪文。炎は瞬く間に魔物を飲み込むと、灰へと返す。

 その光景に、トロデ王は大喜びで手を叩き、ヤンガスは呆然としている。その二人の後ろで、ゼシカが小さく息を吐き出した。

 「・・・アレがメラゾーマ・・・・。初めて見たわ」

 未だ残る魔力の炎を見つめてゼシカが呟くと、ククールも頷く。

 「賢者ってのもあながちウソじゃねぇみたいだな」

 「そうね。アレだけの呪文が使えるなら、確かに戦力になるかも・・・。ただ、性格がちょっとアレだけど」

 言って、視線をルネにやる。その先では困惑するエイトに抱きついているルネの姿。

 なにも知らないトロデ王はのんきに「仲良しだのう」と微笑ましく見つめているが、ゼシカにとっては危険な光景でしかない。

 どうやら彼女には、諦める気がまったくないらしい。

 「仲間になるのはいいのよ。でもこのままじゃエイトの貞操が危ないわ。しっかりエイトを守ってよ? 
 今だけでもあんたはエイトの『恋人』なんだからっ。相手が女の子だからって、手を抜いちゃダメよっ」

 真剣そのもの、と言った顔で言ってくるゼシカに、ククールは柳眉を寄せると「ソレなんだけど」と呟き、エイト達を見つめる。

 「? まさか、演技でもそんなのヤダとか言うんじゃないでしょうね?」

 「いや、そうじゃなくて。ルネは・・・・・・いや・・・・・・・・でも確証もないし・・・・・うーん・・・・・・けどなぁ・・・・」

 なにやらぶつぶつ呟いているククールに、首をかしげていると、彼は「やっぱりあとで」とだけ言い残し、エイトの方へと歩いていく。

 一体なんなのよ、と言いかけて、ククールが二人の間に入り、エイトを抱き寄せたのを見て、まぁいいかと流しておいた。





 結局ルネが同行するのなら、と一行は町に引き返し、大人しく宿を取ることになった。ただし、部屋割りはエイトとククールが同室。

 ゼシカとルネが監視もこめて同室。ヤンガスはいつものとおり一人部屋、と言った具合である。予想通り彼女は不貞腐れていたが。

 ともあれ、今日で三日目。

 部屋の外以外では、恋人として行動しなければいけないので、エイトはひたすらに疲れていた。

 慣れない腕くみや、頬に落とされるキスに、しどろもどろながらも、ゼシカとククールに教えてもらったとおりに反応を返している。

 今朝は「魔よけがわりに」と言って首筋にキスまでされてしまった。それがどういうわけかルネにバレ、大騒ぎになったのだが、
ゼシカが「恋人だもの。いいじゃない」と言って宥めていたが、エイトにはよくわからない。

 それと、最近のククールも少し様子がおかしい。

 恋人ごっこは、あくまで演技のはずなのに、なんだか楽しそうに笑ったり、嬉しそうに手をつないでくれるものだから、エイトは
とにかく落ち着かない。

 演技だとわかっていても、そうされるとやたらに鼓動が高鳴って困るのだ。

 早く彼女が諦めてくれないと、勘違いしちゃうなぁ、とぼんやり考えながらベッドに転がっているうちに、疲れが睡魔を連れてやっ
てきた。

 ククールはゼシカに呼び出されていてまだ帰ってこないが、鍵は彼がもっているはず。

 このままエイトが眠ってしまっても、彼は締め出される心配はない。

 「ちょっとだけ・・・寝よう・・・」

 襲い来る眠気に耐え切れず、エイトが意識を手放したとき。鍵がかかっている筈の扉を開けて、ルネが素早く入り込んできた。

 後手で鍵を掛けると、ベッドの上で熟睡しているエイトの姿を見つけ、くすりと笑う。

 「ククールさんに負けてられません。私だってあんなコトとかこんなコトとかエイト様にしてあげるんだから・・・」

 妖しげな―――どこまでも妖しげな笑みを浮かべてそう呟くと、そろそろとベッドへと近寄って行った。








 気が付いたら予定とまったく違う話になってて動揺中です。
 お、おかしいなぁ・・・・(汗)

 




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