女神の憂鬱

                   後編





 ふるふると震える体を叱咤しつつ、エイトはなんとか歩き始めた。

 頭の中ではぐるぐると「どうしよう」という単語が回っていて、ついでに目も回っている。

 観客のざわめきや周りの少女たちの声をどこか遠くに聞きながら、エイトは壁に手をついて
深呼吸を繰り返す。

 ―――と、とにかく落ち着こうっ。慌てちゃダメだ!

 無理やり何度も深呼吸を繰り返し―――

 「ゼシカさん? どうしたんですか?
 具合でも悪いんですか?」

 「ひぃあっ!」

 突然声を掛けられて、思わず飛び跳ねる。

 声をかけてきたのはNO.6の少女、フィリアだった。

 「だだだ、大丈夫です・・・、す、すみません、びっくりしただけで・・・」

 心臓をばくばく言わせつつ、振り返ってそう言うと、フィリアはそれでも心配そうにエイトの頬
に触れて、

 「でも、顔色が悪いですよ?
 もしかして、水着で体が冷えてしまったのかしら。
 出番まで、毛布を羽織っていたらどうかしら・・・。私、借りて来ますね」

 「や、大丈夫です! ちょっと・・・その」

 金色の髪を靡かせて、振り返ろうとしたフィリアを慌てて止める。

 「じ・・・実は僕、泳げないんです・・・」

 小声でそう言うと、フィリアは一瞬沈黙してから、小さく「え?」と聞き返してくる。

 「ええと、その、つまりカナヅチでして・・・」

 エイトのその言葉に、フィリアは再び沈黙し―――それから小さく噴出した。

 「・・・っ・・・、ゼ、ゼシカ、さんっ・・・、大丈夫、で、・・・水着は、お、泳ぐために・・・、着たわけ
じゃ、ないですよっ」

 笑いを必死に堪えているせいで、言葉は途切れ途切れになるが、エイトにはしっかり伝わっ
たようだ。

 「え・・・? じゃあ、どうして・・・」

 涙を拭きつつ、息を整えて、

 「これは、容姿の美しさを見るために、用意された水着なんです。
 だから、泳がなくて良いんですよ。
 安心してくださいね」

 「そ・・・そうなんですかっ。良かったぁぁぁ・・・」

 心のソコから安堵の息をつくと、フィリアはまたくすくすと笑う。

 「ゼシカさんみたいに勘違いした人、初めてみました」

 「あ、あはは・・・。僕、こーいうの疎くて・・・。
 フィリアさんは何度かこういうの出てるんですか?」

 聞くとふるふると首を振り、

 「実は、初めてなんです。すごく緊張してるんですけど・・・。
 でも、ゼシカさんとお話してたら、なんか楽しくなってきちゃいました」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて言うフィリアに、エイトも笑みを浮かべる。

 「・・・お互い頑張ろうね」

 「ええ」

 言って、二人は笑みを交わした。





 水着の女性達が舞台に並び始めた次の瞬間。

 ゼシカは硬直しヤンガスはイスから落ちかけてククールは凝視した。

 「ど・・・どどど、どうしようエイトあの子ちゃんと着れたかしら!? 
 着方わかったかしらっ!?」

 「あああ、兄貴がみず、みず、水着だなんてそんなハレンチな!」

 「おー、いい眺めだな〜。
 って、水着でハレンチって、それじゃあゲルダの格好はどうすんだよ」

 あれだって半裸みたいなものだろう、と言うと、ヤンガスは赤面して、斧の柄を掴む。

 「ゲゲゲ、ゲルダはカンケーねぇだろうが、このハレンチ野郎っ!」

 「じゃあゼシカはどうするんだよ。踊り子の服とかさ」

 「あんたらそんなコト言ってる場合じゃないでしょっ!」

 少しずつ話がそれていくのを、右手にムチを持ちつつゼシカが一喝する。

 ―――と、そこで『ゼシカ』の名が呼ばれた。

 慌ててそっちを見やり―――三人が三人なりの反応をする。

 「よかった・・・。ちゃんと着てるわ。水着・・・」

 「・・・兄貴・・・。ああしてると、ホントに女のコなんだなぁ・・・」

 「・・・・・・・・・」

 ほっとするゼシカに、何故かハンカチで目頭を押さえてしみじみ呟くヤンガス。

 そして―――呆然とした表情でエイトを見つめるククール。

 その様子に気がついたのか、ゼシカは悪戯っぽい笑みを浮かべ、隣に居るククールの
顔を覗き込み、

 「どーしたの? 見惚れちゃって」

 ゼシカの言葉に、ククールの意識が引き戻されたらしく、彼は一瞬眉根を寄せる。

 が、すぐにいつもの表情に戻って、

 「いや・・・、エイトの女装もなかなかいけるなぁ、と思ってさ。
 ただ、やっぱり胸は小さぐはぁっ!!」

 『セクハラ禁止っ』

 両脇から制裁を受けて、ククールは痛みに顔を歪めて屈みこむ。

 「まったく、女装じゃないって言ってるでしょっ!
 なんであんたってエイトに対してそうなのよっ」

 怒りながらも視線を舞台に移し、二人はエイトの応援にはいる。
 
 それで横目で見ながら、ククールは内心呟く。

 つか、こないだまで男だと思ってたんだから仕方ないだろ。

 それに胸も小さいし背だって小さいし、オンナ扱いしたらライデイン唱えようとするし。

 だから、本人の意思を尊重して、男扱いしてるってのに。

 ホイミを唱えたからか、痛みがひいていく。

 イスに座り直し、ククールもまた舞台を見やり、ピンク色の水着を纏ったエイトを見つめる。

 恥ずかしいのか、頬を朱に染め上げている。

 ・・・やっぱり可愛い、な。

 ぼんやりとそう思った次の瞬間。

 慌てて頭を振って、その思考を飛ばす。

 ―――だからっ。可愛いじゃないっての。しかりしろよ、オレっ!

 言って視線をエイトの隣に居る金髪の少女へ向けた。





 「・・・ゼシカさん? どうしたんですか?」

 小声で、エイトの隣の少女――フィリアが問い掛けてくる。

 「ダ・・・ダイジョウブデス・・・」

 完全に大丈夫ではなさそうな声で、エイトが答えた。

 半分涙目で、顔は引き攣っている。

 これで大丈夫なはずがない。

 フィリアもそう思ったのか、心配そうな眼差しでエイトを見つめていた。

 ―――忘れてたぁぁぁ・・・! 泳がなくていいかわりに、皆に観られるんだった!!

 なにしろ今まで『男』として育ってきたエイトは、女性用の服を着た事がない。

 ドレスや、短めのスカートでも十分恥ずかしいというのに、ほぼ半裸に近い水着は拷問
に等しい。

 これがコンテストで、身につけて皆の前に出る、という事実は、意識が『泳ぐ』に向いてい
たため、すっかりと今まで忘れていたらしい。

 そして今。

 逃げ出しそうになるのをなんとか堪え、エイトは舞台に立っていた。

 『では、No.5。ゼシカさん、どうぞ』

 「・・・は・・・っ、はいっ」

 名を呼ばれ、ぎくしゃくとぎこちない動きで舞台中央へ進む。

 ふと見れば、ゼシカやヤンガスが手を振っているのが見えた。

 そしてその中央に、ククールの姿。

 じっと射抜くように見つめられているような気がして、心臓が大きく跳ねる。

 み・・・見すぎだろ、いくらなんでもっ。あっち向いてろって!

 心の裡で叫びつつ、視線を審査員席へ向ける。

 『・・・では、自己アピールをどうぞ』

 「・・・へ、え? あ、アピール?」

 ―――アピールって・・・どうすればいいんだろ? なんか得意なコト言ったりとか?

 少し考えて、エイトはたぶんそうだろう、と確信し、口を開いた。

 「ライデインとかギガデインとか得意です。
 あと、剣がなくてもギガブレイクとかで敵を倒せたりできます」

 その言葉に、会場が水を打ったように静かになった。

 見れば、ゼシカ達が頭を抱えて俯いてしまっている。

 ―――もしかして・・・間違えた?

 思うが、時既に遅し。

 重い沈黙の中、最初に口を開いたのは司会者だった。

 『・・・ええと・・・あの、ゼシカさん』

 「は・・・はい?」

 『なんでしょう、その・・・ギガなんとかとライなんとか、というのは・・・?』

 困ったような顔で訊いて来る司会者に、エイトは視線をゼシカたちに向けた。

 向けられたゼシカたちも、ただ困った顔をしている。

 ライデインやギガデインの呪文を、戦いに出る魔法使いや僧侶ならともかく、一般市民が
知っているはずがない。

 彼らが知っている呪文と言ったら、ホイミやメラなどの、ごく簡単なモノが多い。

 だから、『ギガデイン』などと唐突に言われても、「なんか変なこと言ってるよあのヒト」とい
うコトになってしまう。

 どうしよう、とエイトがふと視線を横に逸らし―――気がつく。

 エイトにつられたのか、その場に居たほぼ全員が同じようにそっちを見やると―――

 先ほど料理を作った簡易的なキッチン。

 そこに残された食材のそばに、ソレがいた。

 黄色の尾が揺れ、ぴんっと立った耳がぴくぴくと動き、長い舌で肉を味わっている、ソレ。
 
 沈黙にやっと気がついたのか、それはふと動きを止め、ゆっくりと、振り返った。

 それは、この地方に住み着く魔物で、名はタップデビル。

 どうやら食材の匂いにつられて、村の中に侵入してきたようだ。

 エイト達のレベルならば、たいしたことない相手だが、一般市民や、新米戦士にはかなり
手ごわい相手となる。

 そんな魔物がゆっくりと振り返り、自分に注がれる視線に、にたり、と笑った。

 ―――目があった。

 会場内にいた者のほとんどがそう思っただろう。

 ・・・き・・・

 「きゃあぁぁぁぁっ!?」

 思い出したように観客席にいた女性が悲鳴を上げ、その声にパニックになった人々が慌
てて席を立とうとする。

 「お・・・、落ち着いて、落ち着いてくだ・・・」

 逃げ出す人々を見て、興奮したのかそれとも魔物の血が騒いだのか、タップデビルが舞
台に上がり、フィリアに向かって飛び掛った。

 事態が飲み込めないフィリアは動く事が出来ずに、ただタップデビルの爪が自分に下ろさ
れるのを眺めていた。

 が、次の瞬間、魔物の体が吹っ飛び、舞台の外に飛んでいく。

 何事かと見やれば、エイトがすぐ傍にいて、なにかの構えらしきものを取っている。

 どうやら、魔物が襲い掛かる瞬間に、蹴り飛ばしてくれたらしい。

 「あ、ありがとう、ゼシカさんっ」

 「怪我は? どこか痛いトコは?」

 「だ、大丈夫ですっ」

 フィリアの状態を確認すると、エイトはすぐに舞台から降りて、よろよろと立ち上がる魔物に
対して呪文を唱える。

 「ギガブレイクッ!」

 呪文を解き放つと、エイトの掌に魔力で生み出された刃が出現した。

 牙を剥き、飛びかかって来た魔物を交わし、振り返り様に胴を薙ぐ。

 一撃で相当ダメージを与えたらしく、魔物は唸り声を上げて地に倒れた。

 「・・・ふぅ・・・」

 死の踊りとか踊られなくてよかった。

 そんなコトを考えつつ、ほっと胸をなでおろし―――ふと、会場内が静かになっているのに
気がついた。

 おそるおそる振り返れば、ゼシカたち以外の全員が、呆然とエイトを見ている。

 「・・・・・・・・・・い・・・今のが、ギガブレイクです・・・」

 そう言って、笑って誤魔化した。





 「・・・ウソ」

 「私もそう思ってる・・・」

 「さすが兄貴でげすっ!!」

 騒ぎが収まったあと、コンテストはなんとか続けられた。

 そして今。舞台では優勝賞品を受け取っているエイトの姿があった。

 なんでも、『戦うその姿はまさに、我々を見守ってくれている女神像の化身のようだ。力強く
も美しいその姿を、私たちは忘れられない』

 ・・・と、いうコトらしい。

 忘れられない光景といえば、確かにそうだろう。

 村長は未だ興奮が冷めないのか、まだ息を荒くしながらエイトに賛辞の言葉を送っている。

 エイトの表情にも戸惑いの色が見えるが、周りの祝福の言葉には素直に頭を下げていた。

 「うーん・・・。なにが幸いになるかわかんねぇもんだなぁ・・・」

 「ホントね・・・」

 口々に呟き、エイトを見つめていると、特別審査員であるマルチェロがエイトの頭にティアラ
を乗せるのが目に入った。

 と、マルチェロに一言二言、何かを言われたらしく、エイトが腕を見る。

 遠目ではあるが、そこが赤くなっているのが見えた。

 どうやら先ほどの魔物の一撃が掠めていたようだ。

 マルチェロが手を翳すと、柔らかな光が生まれ、キズが癒えていく。

 「・・・あいつ、意外にイイところあるわね」

 「人前だからだろ」

 面白くなさそうにククールが呟く。

 それと、ほぼ同時に、マルチェロがエイトに顔を寄せた。

 途端、エイトの顔色がさ、と青くなった。

 何事だろう、と思うが、振り返ったマルチェロはただ笑みを浮かべているだけ。

 思わずゼシカと顔を見合わせる。

 「・・・なにかイヤミでも言われたのかしら・・・?」
 
 「なんの害もなさそうな、普通の女の子に、優勝したその場でイヤミ言うほど、あいつは根性
悪く・・・ないコトもないかもしれないけど・・・。
 胸が小さいわりには優勝できましたね、とか言われたとか・・・・」

 「あんたじゃあるまいし、セクハラ発言はしないでしょ。
 てか、え、実はマルチェロもあんたと一緒?」

 「いや、それだけは絶対ない」

 女たらしのマルチェロなんぞ、恐くて想像できない。

 やなコト言ったな、と思いつつ、舞台を見やればエイトはぎこちない笑みを浮かべ、隣にいる
金髪の少女と握手をしていた。





 カチン、とカップがぶつかる音がして、『優勝おめでとう!』と三人が声を唱和させる。

 あの後すぐに合流し、別の町から移動して、今は酒場で祝杯をあげているのだが、優勝を勝
ち取ったエイトの表情はうかないまま。

 ありがとう、と小さく笑って、エイトはジュースの入ったカップを置く。

 「兄貴・・・? どうしたんでげすか?」

 「あー・・・、うん・・・」

 心配そうなヤンガスに、言葉を濁すエイト。

 ワインで口中を湿らせて、ククールは「そういえば」と口を開いた。

 「最後、マルチェロになにか言われてたろ?
 あいつ、なんだって?」

 問いに、びくんっ、と体を震わせる。

 そのあからさまな様子に、ゼシカは訝しげに眉根を寄せた。

 「ど・・・どうしたの? やっぱり、なにかイヤミ言われた?」

 「・・・そ・・・、その・・・」

 言いにくそうに全員を見渡してから、エイトは口を開いた。

 「・・・優勝おめでとう、エイト君・・・、って・・・」

 一瞬の沈黙。

 『バレてたぁぁぁぁぁっ?!』

 三人の声が酒場に響く。エイトも、困ったような顔で、ジュースをちびりと飲んでから、

 「女装がお似合いですよ、だって・・・」

 『微妙にバレてない!?』

 続きの言葉に、更にハモる三人。

 「・・・じょ・・・女装て・・・。
 いくらなんでも、水着着てたんだし、男と女の体くらいわかりそうだけど・・・」

 「もしかして、マルチェロの野郎は女の体を見たことがない、とかでげすか・・・?」

 「や、いくらなんでもソレは・・・」

 「そうよね。いくらなんでもソレは・・・。
 じゃあわかってて言ってる、ってコトよね?」

 言って、向かいに座ってるククールを見つめ、しみじみと呟く。

 「あんた達って、やっぱり兄弟ねー・・・。どうして素直にモノが言えないのかしら」

 「・・・ほっといてください」

 何故か頭を抱えて俯いてしまったククールと、ひきつった笑みを浮かべるゼシカを交互に見て
から、エイトは「それでね」と言葉を続ける。

 「今度、是非マイエラまで遊びにきなさい、って言われたんだけど・・・。
 もしかして、なんか・・・おしおきとかするつもりなのかな?」

 脅えた風に言うエイトに、ぴたりとククールとゼシカが動きを止めた。

 暫くの沈黙の後、

 『絶対行かない方がいい』

 そう声をハモらせた。





 それにしても、どうしてマルチェロがそんな誘いをエイトにしたのか。

 ククールが悩んでいると、ゼシカがぽつりと小さな声で、
 
 「・・・ホント、兄弟よね。好みも似るかしら」

 と、呟いたが酒場の喧噪に飲まれて、誰の耳にも届かなかった。









やっと終わりました。微妙に長くて申し訳ありません〜!

 エイトさんたちの性格を、いつもと少し変えてみました。

 マル兄さんが、どうしてエイトさんを誘ったのか・・・、それは皆様の
ご想像にお任せします(笑)

 記念品なので、よければどうぞお持ち帰りください。

 ・・・読んでくださってありがとうございますv
 


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