女神の憂鬱

                  中編





 舞台の上に着飾った女性たちが並び、番号と名を呼ばれると、一歩前に出て優雅に会釈する。

 にっこりと微笑を送れば、観客席からは男たちの歓声があがった。

 そんな中、はらはらと舞台を見つめる一行がいた。

 ローブを羽織り、もぞもぞと動く姿は通報されてもおかしくないくらいに怪しい。

 端から見たら奇妙な一行だろうが、幸いなコトに周りの者の視線は舞台に釘付けである。

 その奇妙な一行―――ククールたちは、食い入るように舞台を見つめていた。

 「・・・エイト、大丈夫かな・・・」

 心配そうに、ククールが呟く。

 「大丈夫よ。私、エイトを信じてるっ」

 根拠のない自信をもって断言すると、何故だか隣に居たヤンガスも頷く。

 「あっしも兄貴を信じているでげす。兄貴、ファイトでげすよっ」

 あまり大声で『兄貴』とは言えないので、小声でこそり応援するヤンガスに、ククールは小さく
ため息をついた。

 今のエイトの姿は、普段の彼女からは想像もできないくらい、女の子らしい姿だった。

 恥ずかしいのか、顔を赤らめて俯く姿は誰が見ても可愛らしい。

 確かに、もしかしたら準優勝くらいはできるかもしれない。

 ついでに言うと、ククールの好みのタイプでもある。

 だが中身は、バカ力で能天気、がさつで乱暴、更に言うなら寄り道大好きなあのエイトだ。

 ―――さっきついうっかり見惚れたのは、びっくりしたからだ。

 そう自分に言い聞かせて、うかつにもエイトに対してときめいてしまった自分に、がくりと肩を
落としていた。

 『では、No.5 ゼシカさん、どうぞ』

 がくんっ。

 思わずイスから滑り落ちそうになったヤンガスとククール。

 舞台の上に居るのは間違いなくエイトだが、ゼシカ、と言われて一歩前に出る。

 「名前、そのまま!?」

 「だって、私の名前で登録しちゃったんだから仕方ないじゃないっ」

 拗ねたように言われ、なるほど、と納得する。

 マルチェロも居る事だし、このほうがバレにくいかもしれない。

 そう思い直して視線を舞台に戻せば、エイトが一歩前に出て、頭を下げるところだった。

 「よろしくおねがいします・・・」

 慣れないドレスに苦戦しつつ、エイトは後ろに下がる。

 なんとか挨拶を無事にすます事ができて、ククールたちもほっと胸をなでおろした。

 ―――と、思った次の瞬間。

 「・・・わっ・・・」

 よろりらどすんっ!

 『エイトっ!』

 ドレスの裾を踏んづけて、すっ転ぶエイトに、会場内から笑いが漏れる。

 「いっ・・・たぁぁぁ・・・・」

 『大丈夫ですか、ゼシカさんっ』

 「だ、大丈夫です」

 慌てて立ち上がり、元の立ち位置に戻るエイトに、ククールは詰めていた息を吐き出した。

 「し・・・心臓にすごく悪いんだけど・・・」

 「私もそう思ったわ」

 言いつつ、頬に流れた一筋の汗を拭い、ゼシカも呟くように答える。
  
 「だ・・・、大丈夫でげす。勝負はまだ始まったばかりでげすよ」

 なにがどう大丈夫なんだろう。今のはものすごいマイナス点なんじゃないだろうか。

 そうは思うが、言い出せず、ククールはもう一度視線を舞台に戻した。

 ―――こりゃ、参加賞であきらめるしかないね。

 心の裡でそう呟きながら。






 ―――恥ずかしいよ〜・・・。

 転んで痛む箇所に、こっそりとホイミをかけつつ、エイトは半分涙目で観客席を見やった。

 ククール達が何故かローブを羽織っていることに驚いたが、それよりも審査員席のマルチェロ
の視線に動揺し、つい大きく下がりすぎて転んでしまった。

 ―――僕なんかが出たって、優勝なんて無理なんだってば。

 他の女性たちが挨拶をしているのをどこか遠くに聞きながら、俯いてしまう。

 ―――僕が女の子の格好するより、ククールが女の子の格好して出たほうが、まだマシだっ
たと思うんだけどな。・・・でもマルチェロさんがいるからダメか・・・。

 と、こんなコトになったのも、そういえばマルチェロが急に審査員になったから、という事実を
思い出した。

 ―――本当だったら今頃ゼシカがびしっとやってるのにっ! マルチェロさんのいじめっ子っ!

 思わず審査員席に居るマルチェロを睨むと、彼は一瞬なにごとかと目を細めたが、すぐに視線
をそらしてしまった。







 初対面のはずなのに、どこかで見た事があるような。

 ぼんやりと「ゼシカ」と名乗った少女を見て、そんなコトを考えていると、唐突にその娘が転んだ。

 赤い顔をして、半ば泣きそうな顔で起き上がる「ゼシカ」は、やはりどこかで見たような顔。

 一体どこだったろう、と考えるが思い出せない。

 そういえば、名前にも聞き覚えがある。

 確か、愚弟と一緒に旅に出た赤毛の少女の名ではなかったろうか。

 偶然というものはあるんだな、と「ゼシカ」を見る。

 と、何故か睨まれたような気がして、眉根を寄せた。

 ―――何故睨む? 私が転ばしたわけではないだろう。

 視線を逸らし、小さくため息を吐き出す。

 目の前の舞台では女性たちが次から次へと挨拶をしているが、まったく興味がわかない。

 むしろ退屈で仕方がない。

 これなら図書館に篭って本を読みふけっていた方が随分とマシだろう。

 と、横に座っていた村長がにこやかに声を掛けてきた。

 「いやぁ、今年もずいぶんと綺麗な娘さん達が集りましたね」

 「・・・そうですか」

 「ええこれは優勝を選ぶのは難しいですな。
 ・・・あぁ、でも、五番目の娘さんは、マイナス点ですね。随分と派手に転がりましたし」

 呟いて、評価に『1』をつける。

 「・・・そうですか。私はそう思いませんが」

 なんとなく、反発してそう言い『10』、と最高点をつけるマルチェロに、村長は目を丸くする。

 「・・・一生懸命で、いいと思ったものでね」

 少しもそんなコトは思っていないのだが、村長のあっけにとられた顔がおかしくてそうフォローを
いれる。

 と、納得したのか、「やはり騎士団長様は目の付け所が違うんですね」と一人頷いている。

 そんな村長はさっさと放っておいて、マルチェロは舞台袖に戻っていく「ゼシカ」を見つめた。

 ―――やはりどこかで見た、気が・・・。

 どこまでも黒く輝く、意思の強そうな瞳。

 まだ幼い印象を受けるが、黙って立っていれば、愛らしいと言える顔つき。

 どこにでも居そうな顔だけれど、なにかが引っかかる。

 ―――・・・まぁ、見ていればそのうち思い出すだろう。

 そう結論づけて、マルチェロはペンを置いた。



 「な・・・なんとかなってるわ・・・よね?」

 「ど・・・どぉかなぁ・・・?」

 ひや汗を流しつつ、舞台袖に帰って行くエイトを見つめて、ゼシカが呟く。

 それに、やはり呟くようにククールが答えた。

 ヤンガスは見ていられない、とばかりに顔を覆い、俯いてしまっている。

 「・・・と、とにかく、次で起死回生を狙うのみっ!」

 「起死回生って・・・、ゼシカ、さりげなく『あ、やっぱりダメかも』とか思ってた?」

 「気のせいよっ!」

 「だって今」

 「男は細かい事を気にしちゃダメ! それより、祈るのよ。
 これ以上エイトがなにかしないように・・・!」

 ゼシカの言葉に、ククールは黙って空を仰いだ。

 ―――やっぱダメだったか。

 声には出さず、そう心の奥で呟いて、空を飛ぶ鳥をどこかぼんやりと見つめた。







 衣装を変えた女性たちが、ずらりとステージに並ぶ。

 衣装はどれも揃いの物で、動きやすさを選んだような服装で、何故かエプロンをつけている。

 エプロンはともかく、スカート丈がやたらに短いせいか、何人かの女性は恥ずかしそうに頬を染
め、また何人かの女性は「見ていいわよ」といわんばかりに堂々としている。

 ちなみにエイトは前者である。

 『さて、それではただいまより、皆様には料理を作っていただきます。
 素材はこの村で取れた野菜、新鮮な魚と肉、その他もろもろ使って頂いて結構です。
 出来上がった料理は、審査員の方々に試食していただきます。
 どんな料理でも結構ですが、持ち時間は、一時間とさせて頂きますので、それまでに作り上げ
てください。時間を過ぎましたら、対象外になりますので、ご注意ください。
 では・・・スタートっ!』

 掛け声と共に、女性たちが用意された簡易的なキッチンに立つ。

 並ぶ食材を手に取り、吟味し始めるのを見て、ククールは安堵の息を吐き出した。

 「これ、ゼシカが出なくて良かったんじゃないか?」

 「・・・そうかもね」

 少しだけ拗ねたように言いながら、ゼシカはエイトを見つめる。

 なにしろ今まで料理というのを、彼女はした事がない。

 旅に出て、初めて包丁を握ったくらいである。

 包丁の使い方や味付けはエイトに教わり、今ではなんとなく様になっているものの、料理を一品
作ってみろ、と言われたら戸惑ってしまうだろう。

 「兄貴の料理は美味いでげすよ。ここで頑張ってもらいやしょうっ!」

 「そうねっ! がんばって、エイトっ!」






 何人かの女性が、出来上がった料理を審査員の下に運んでいく。

 会場内に漂う良い匂いに、観客たちが喉を鳴らす。

 食べ終わると、特に何も言わずに紙に何かを書き込み、次の料理を食べる。

 常に無表情のマルチェロに対して、村長だけがにこにこと笑みを浮かべていた。

 「・・・美味しいんだかなんなんだか、わかんないわねー・・・」

 「あいつ、昔から眉間にシワよせて物食うからな〜・・・」

 「飯くらい、楽しそうに食ったらいいのになぁ」

 席をキッチン近くへ移動したマルチェロ達を眺めつつ、そう感想をもらす。

 と、エイトが出来上がった料理を皿に盛り付けているのが目に入った。

 「・・・バレないわよね・・・?」

 不安げなゼシカの言葉に、ククールは首を傾げて、

 「大丈夫だとは・・・思うけど・・・。兄貴、エイトのコトは男だと思ってるし」

 そう言いつつも、流石に間近で見たらまずいんじゃないだろうかと、内心は落ち着かない。

 もしもエイトの変装がバレたなら、イヤミどころでは済まないだろう。

 むしろ、バレた後のほうが恐い。最下位でも良いから、とにかくバレないでくれよ。

 願いつつ、料理を口に運ぶマルチェロを見つめた。

 目の前に置かれた皿に乗る料理をじっと見つめてから、それを一口食べる。

 租借し、飲み込んでからペンを取り―――そのままマルチェロはエイトをじっと見据えた。

 いきなり見つめられたエイトは、一瞬硬直するが、すぐにゼシカに言われたとおり、にっこりと微
笑みを浮かべる。

 なんでも、「笑って誤魔化せるのは女のトッケンよ!」なのだそうだ。

 とは言っても、エイトは今までゼシカや姫が笑って誤魔化したのをみたことはなかったので、ソ
レが事実がどうか、まったくわからないが。

 にこにことややひきつり気味な笑顔を浮かべるエイトに、マルチェロは口の端を笑みの形に上
げた。

 「・・・お嬢さん、出身はどちらですか?」

 「は、はい、トロデーンです。・・・・あっ、いえっ、トロデーンの近くの町の、トランペッタですっ」

 慌てて言い変えるエイトに、マルチェロはに、と笑みを深めた。

 ―――まずい。ばれた!?

 「そうですか。どうりでこの辺りの味付けと違うわけですね」

 「え?」

 「この付近の村や町の味付けは、薄味が多い物ですから」
 
 薄く笑ってそう言うマルチェロに、エイトはほっと小さく息をついた。
 
 「うむ、これは少し味が濃いが、なかなか美味いですな」

 村長も上機嫌で、手元の紙に『8』と書き込む。

 ―――よかった。バレてないみたい。

 「ありがとうございます」

 会釈をし、後ろに下がって観客席を見やると、ククール達に向かって微笑む。

 それに気がついたゼシカが小さく手を振ってくれた。

 全員の料理を食べ終わったあと、再び女性たちは舞台袖に戻っていく。

 どうやらまた着替えるらしい。

 「・・・次は、なにするんだ?」

 疲れを滲ませた声で、ヤンガスがゼシカに問い掛ける。

 「わからないけど・・・エイトに不利な審査じゃないコトを祈るだけよ」
 
 背もたれに体を預け、ゼシカも安堵の息を吐き出してそう答えた。





 その頃控え室に戻ったエイトは、渡された袋の中身を見て呆然としていた。

 入っていたのは、ピンク色のひらひらと頼りがいのない薄い布地。

 取り出してみれば、明らかに肌を覆う部分が少ない。

 ―――ゼ・・・ゼシカぁぁぁぁ・・・たあぁぁすけてぇぇぇ・・・・!!

 心の裡で絶叫しつつ、エイトはその薄っぺらい布―――水着を握りしめて立ち尽くしていた。









 すみません、まさか中編になるとは(汗)

 あともう一回続きます。



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