その日の朝、いつもより早く起きたらしいエイトが、どこか楽しそうに着替えている。

 ・・・どっかでケーキ食べ放題とか、そういうのでもやるんだろうか。

 寝起きでまとまらない頭で、昨日のコトを思い出す。確か、昨日の昼にはこの町について。それから自由行動。それで今日
は、休息日、というヤツだ。

 「あれ、起きた?」

 オレの視線に気がついてか、エイトが振り返った。あー・・・なんか、楽しそうな顔してンなぁ。
 
 「・・・どこか、行くの?」

 「うんッ。今日、デートの約束があるんだ」

 ・・・ゼシカかヤンガスだろうか。あぁ、そういえば、この間、服がどうとか言っていたような・・・。

 あれ? でもエイトの言う『デート』って、食べ放題ツアーとか、そういうのじゃ・・・。ってコトは、ヤンガスか?

 うー・・・・だめだ、眠くて頭がうごかない・・・・。昨日、酒はほどほどにしてさっさと寝ればよかったな・・・・。

 「じゃあ、行って来るね。ククールはまだ寝てていいよ。おやすみなさい」

 そう言うと、子供を寝かしけるように頭を撫でてから、ぽんぽんと腹の辺りを叩く。ソレがなんだか心地良い。

 ・・・・・・・・・・まぁ・・・・・・・たまには、エイトだって・・・・・・・ゼシカや・・・・ヤンガスと・・・・・遊びたい・・・・よなぁ・・・・・・・。

 ―――そんなコトをぼんやり思っている間に、オレは再び眠りの世界へと落ちていった。

 






                







 「・・・ル」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・。

 「・・・・ククー・・・・・ククール」

 ・・・・・・・・・・・・・・・ううう・・・。誰だ、うるさいな。・・・・まだ、眠いンだよ・・・・。

 「いーかげん起きなさいっ! バカリスマっ!!」 

 「あいだぁっ?!」

 ものすごい力で、ベッドから落とされた。

 痛みに顔を顰めつつ、起き上がってみれば、ちょうど足を下ろす瞬間のゼシカの姿が目に入る。

 どうやらオレは蹴り落とされたらしい。 ・・・そういえば、最近格闘スキル上げてたもんな。

 って、どうしてそんな修行の成果を見せましょう、とばかりに蹴り落とされているのか、オレ。

 ホイミをかけながらベッドに座りなおすと、何故かご機嫌斜めのお嬢様を見上げた。

 「夜這にしては、日が昇りすぎてるよ、ハニー」

 「バァッカじゃないの」

 「いやその。虫けらを見るような目で、地獄から響くような声で罵られると、ちょっと・・・その・・・・・スミマセンごめんなさい
全面的にオレが悪かったです。だからムチ構えるのはやめてください」

 ベッドの上に正座してそう言えば、ゼシカは小さくため息をつくと、ムチをしまってくれる。

 「で、なんの用でしょーか」

 「・・・エイト、知らない? お昼過ぎても降りてこないから見に来たんだけど・・・。部屋にはアンタしかいないし・・・・」

 「え?」

 その言葉に、眠りに落ちる前のエイトと交わした言葉を思い出す。

 「ええと・・・・出かけるって言ってたけど・・・。アレ、ゼシカとじゃなかったんだ?」

 「出かけるって・・・・ヤンガスは二日酔いで寝てるわよ?」

 「へ? じゃあ・・・・トロデのおっさんトコか・・・?」

 柳眉を寄せるゼシカに、きょとんとするオレ。いやでも、トロデ王相手に『デート』なんて言うかなぁ。

 いや、言わない。・・・ミーティア姫になら・・・言いそうだけど。

 「一人で、遊びにでも行ったのかしら・・・。せっかくだから一緒に買い物に行きたかったのに」

 残念そうに肩を竦めると、「あんたもいつまでも寝てるンじゃないわよ」と言って部屋から出て行く。

 えーと・・・。一人で遊びに行くのは、デートって言わないよな。

 ・・・・・・・・・・。

 い・・・いやいやいやいやっ。

 エイトに限って・・・う・・・・浮気なんてそんなモノはありえない。うん、ないない。
 
 瞬時に、脳裏をよぎった不吉な予想を振り払う。

 そもそも、エイトの言う『デート』は、ほぼ食べ歩き、という状態をさす。色気なんてものはまったくと言っていいほどない。

 ちょっと自分で言ってて虚しいけど。ともあれ、そんなエイトが『他の男』と『デート』なんてするはずが・・・。

 いや待てよ。菓子かなんかでつられて・・・とか・・・。

 「・・・・っ!」

 ありえないとは言い切れない。慌てて身支度を整えて、エイトの姿を探すために町へと飛び出す。

 まずはエイトが行きたがるような、菓子屋。それから食堂や、広場の屋台。あちこち見て回るものの、ドコにもエイトの姿は
なかった。

 ああ、こんなコトなら、あの時相手は誰だとちゃんと聞いとけばよかった・・・。

 肩を落としてため息をついた時。背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 「どうだった? 面白かったかい?」

 「すっごくおもしろかったー!」

 ―――エイトと・・・見知らぬ男が、手ェ繋いで歩いてる。

 男のほうは、四十代半ば、と言ったところだろうか。ニコニコニコニコ、オレ様のエイトと手を繋いで、実に幸せそうだ。

 エイトも、楽しそうに笑いながら今見てきたものの感想らしきモノを告げている。

 ふと二人が出てきた建物を見れば、看板に『大人気・道化師アラン!』の文字。

 ・・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホントにデートしてたのか。てーか、ソイツ誰だよッ!?

 オレだってまだエイトとまともにデートしたコトないってのに、なんでいきなり知らねぇおっさんがデートしてンだよっ!

 思うと同時に、体が動く。駆け寄ってエイトの片手を引っ張ると、驚いたようなエイトの顔。

 「ククー、ル? うわぁ、びっくりした」

 「・・・・それだけ? ほかになにか言うことは?」

  じろり、とおっさんを睨みつけて言うと、おっさんも我に返ったのか訝しげに睨めつけてくる。

 「なんなんだ、君は。いきなり失礼じゃないか。サーラが驚いているだろう」

 「ソレはオレが聞きたいね。あんた、なに人の・・・・・・・・・・・・・サーラって誰」

 いきなり出てきた、知らない名前に眉を顰めておっさんを睨みつける。

 と、エイトがちょいちょいとオレのマントを引っ張って、自分を指差し、

 「僕、サーラなんだ」

 「・・・・・・・・・・・はい?」

 まったく意味の分からない事態に、そう返すコトしか出来なかった。







 「いやぁ、サーラの恋人とは知りませんで、失礼なことを。初めまして。ディル=コールリッジです。
 娘がいつもお世話になってます」

 言って微笑むおっさ・・・・・いや、ディルさん。オレも多少引きつりつつも、笑みを浮かべる。

 「あ、いや。こちらこそお世話になってマス・・・」

 あのあとすぐ、近くの食堂に入って話を聞いてみたところ、別におっさん・・あ、いや、ディルさんにはやましい気持ちはまったく
ない、というコトが判明した。

 なんでも、数年前に病死したサーラさんと瓜二つだそうで、昨日、娘さんと奥さんの墓参りから帰ってくる途中、町の入り口で
偶然エイトを見つけて心臓が止まるほど驚いたらしい。

 思わず声をかけてみたものの、やっぱり違うというコトに落胆する彼に、エイトが娘さんのかわりになにか出来ないか、と
申し出たという。

 それならば、と今日一日、娘として一日付き合って欲しい、と頼んだのだそうだ。

 ・・・・で、今。オレは『サーラの恋人』として、お父様にハジメマシテのご挨拶、なわけだ。

 ちなみにディルさんの横ではエイトがチョコパフェを幸せそうに食べている。

 うーむ。なんか見事に巻き込まれてるなぁ。いや、事情も分からずに、手ェ出したのがいけなかったんだけど。

 いやでも、自分の恋人が見知らぬ男とあんなふうに歩いていたら、誰でもああするハズだ。うん。

 「・・・・あぁ・・・・・こんな凛々しい青年がサーラの恋人になってくれるなんて・・・・。夢のようだなぁ。
 きっと産まれてくる子も可愛いんだろうなー・・・」

 ぐすっ、と鼻を啜りつつ、涙汲むディルさん。え、えーと。なんかいろいろと、いたたまれなくなってきたような。

 「抱っこして、あやしておもちゃを買って・・・・初孫・・・・。いい響きだな〜・・・」

 「あの、それじゃあオレ、この辺りで失礼しますので・・・。エイ・・・サーラと、ゆっくりしてきてください」

 こういうのはどうも苦手でいけない。それに、このおっさんならエイトも安全だろう。さっさと宿に戻って、休んでよう。

 そう決めて立ち上がろうとすると、ディルさんがすごい勢いで立ち上がり、頭をテーブルに押し付けるように下げてきた。

 「ククール君! 行かないでくれっ!」

 「え、えええッ!?」

 なんでだよっ! 娘さんと一緒にいたいんじゃなかったんかっ!?

 「い・・・いやでも。・・・・どっちかっていうと・・・邪魔なんじゃあ?」

 心の声を飲み込みつつ、そう聞いてみれば、彼は顔を上げ、

 「このまま、恋人の出来た父親気分も味わいたいんだっ!」

 「味わいたいんだ・・・」

 ど・・・どーしよう? エイトを見やれば、彼女はにっこり笑って「ククールも一緒だと僕も嬉しいな」と言ってくる。


 結局、半分泣きそうなおじさんと、可愛い恋人のその言葉に勝てるはずもなく、その日一日『擬似親子』ゴッコに付き合うハメ
になってしまった。







 「ククール君っ、サーラに似合う服を一緒に選んでくれないかッ」

 「ククール君、あそこにいる似顔絵師にサーラと私と三人で描いてもらおうッ」

 「ククール君、サーラにあそこの花を摘んできてくれないか? 似合うと思うんだ」

 ・・・・・・・あああああ・・・・・・・。

 なんつーか・・・。なんなんだ、この微妙な空気。ディルさんとエイトはえらい楽しそうだけど。

 ディルさんの目があるから、『凛々しい青年』ってのを演じなきゃいけない。ソレが一番疲れるんだよな。

 あぁ、だけど。エイトにホントに親がいたらこんな感じになるのかな。それとも無茶苦茶反対されたりして?

 そんなコトを考えているうちに、気がつくと、この『ごっこ遊び』に馴染んでしまっているあたりがなんとも。

 ディルさんと一緒になって、照れまくるエイトの服を選ぶのも、なかなか楽しい。

 そのまま思う存分引っ張りまわされて、日が沈み空に星が瞬き始めた頃。食事を終えて、広場まで来るとディルさんは
オレ達を振り返る。

 その顔に浮かぶのは、満足げな―――けれど、少しだけ寂しさを含んだ、笑顔。

 「本当に、ありがとう。・・・・いい思い出になりました」

 「い、いえ。こちらこそ。いろいろご馳走になりました」

 どーやら結構な金持ちだったらしく、エイトにあれやこれや買い与えようとしていたけど、食事だけってコトで納得して
もらった。ちなみに服代はオレが出してる。出費は痛いが、可愛いのですべて許す。

 「サーラ・・・。いや、エイトちゃん。忙しい旅だっていうのに、本当にすまなかったね。
 おじさんのわがままにつき合わせて」

 言われてエイトは首を振ると、ディルさんの手を取る。

 「そんなコトないです。すごく楽しかったですよ。また、一緒に遊びましょうね」

 エイトの笑みに、ディルさんは笑みを深める。

 「あぁ、・・・・ありがとう。また、いつでも遊びにおいで。ククール君も一緒に、是非」

 「はい。ありがとうございます」

 名残惜しそうに手を振り、去っていくディルさんの後姿を見つめていると、エイトが小さく「大丈夫だったかな」と呟いた。

 なにが、と問えば、エイトは小さくなっていく彼の背中から目を離さずに、口を開く。

 「僕、ちゃんと『サーラ』さんっぽかったかなぁって。女の子らしくしなきゃって、一応気をつけてたんだけど。
 それに、お父さんっていなかったから、どうすれば『娘』っぽくなるのかわかんなくて・・・。
 ・・・ディルさん、がっかりしなかったかなぁ・・・」

 既に彼の姿は広場から消えている。それでもエイトは視線を外そうとせず、ただじっと彼の歩いていった道を見つめていて。

 「・・・・がっかりなんて、してないって。ありがとうって、言ってただろ?」
 
 くしゃりと頭を撫でてそう言うと、エイトはやっとオレに視線を移す。

 「そうだけど・・・・でも僕、本物と違うわけだし・・・」

 「ンなコトないって。そんなコトはディルさんだって、ちゃんと分かってて、エイトに頼んだんだからさ」

 だから気にすることなんてなにもない。そう言って背を叩く。

 「それに、こういうのに偽者もなにもないよ。今日、ディルさんが楽しそうだった。
 それで充分だと、オレは思う。エイトはどう? 楽しかった?」

 オレの言葉に、エイトは視線をもう一度彼の消えた道へと戻す。きっと今日一日のコトを思い出しているのだろう。

 ややあって、うんと頷くと彼女は柔らかな微笑を浮かべた。

 「・・・僕も、すごく楽しかったよ。ククールは?」

 「・・・・・・・そーだなぁ。オレも、ちょっと楽しくなってた、かな」

 くしゃりとエイトの頭を撫でて答えれば、エイトはくすくす笑って、手を繋ごうと差し出してきた。
 
 その手を取って宿屋へと戻る道すがら、次に会ったときは、『お嬢さんを僕にください』とか言ってみるのも面白そうだな、
とか思ってみたり。

 ・・・その前にトロデ王に言わないといけないんだけど。いや、それよりまずエイトにプロポーズするのが先で・・・。

 とりあえず、宿屋に帰ってからその辺りを考えよう。

 「ちょっと遠回りしてこうか。せっかく二人きりなんだし」

 少しだけ歩く速度を落としてそう言うと、エイトは一瞬きょとんとする。が、すぐに頷くときゅ、と手を握り返してきた。















 追記までに述べておくと。

 宿屋の玄関には、鬼のような形相を浮かべたゼシカが待っていた、のは言うまでもない・・・・。









 ・・・・ほのぼの・・・かなぁ・・・・?

 次は二人きりの話を書きたいです。






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