虹と大地と宝物







 町を出ようとしたときから、途中雲行きが怪しいな、などと話していたが、思ったとおりぱらぱらと
降り始め、すぐに土砂降りに変る。

 こんな雨の中、ミーティアを歩かせるのは可哀相だ、とかおっさんが言い出し、町に引き返すこと
になった。

 いつもの流れで食堂に行き、適当に注文をして全員がふぅ、とため息をつく。

 「困ったわね。結構振ってるわ」

 窓から空を眺めて、ゼシカが柳眉を寄せて呟く。

 「止むと良いよね」

 ゼシカの呟きにエイトは自前のチョコを取り出しながら、そう答えて、はい、とチョコを渡す。

 礼を言って受け取った彼女は窓から空を見上げて、もう一度ため息。

 「雨って苦手。泥がはねて服も汚れちゃうし、出かけられないし」

 珍しく愚痴るゼシカに、エイトが小首を傾げる。

 「なんか雨にイヤな思い出でもあるの?」

 「いやって言うか・・・、小さい頃、兄さんと一緒に何度か雨の中遊び歩いてたんだけど、いつだっ
たかドロだらけになったうえに、風邪ひいちゃって、お母さんに怒られた事があってね。
 それ以来、雨の日は部屋でお勉強ってコトになって・・・それからは雨の日にはでかけられなく
て、そうしている間に、苦手になっちゃったみたい」

 その時のことでも思い出しているのか、ゼシカは苦笑いを浮かべてそう答える。

 「あっしはガキの頃、晴れでも雨でも気にしないで、遊び倒してたでげす」

 ヤンガスの子供時代って、想像しにくいな。このまんま小さいのを想像したら、ちょっと凶悪なモ
ノが出来上がり、思わず笑いそうなる。

 「子供のときは、すごく楽しかったんだけどね。
 わざと水溜りに行って、その中を歩いたりするの、好きだったわ」

 「ああ、やったな。で、靴が水浸しで、歩くとガポガポしてさ。
 で、怒られるんだけど、別の日にまたやったりして、また怒られるんだ」

 遠い日の思い出に、自然と笑みがこぼれる。

 怒ると言っても、お袋はクスクス笑って「仕方のない子ね」と言って、メイドからタオルを受け取っ
て、濡れた髪を拭いてくれたけど。

 今思えば、甘えられるような気がして、わざと何度も水たまりに足突っ込んだのかもしれない。

 「私はちゃんと長靴はいてたから、ガポガポになったコトはないわよ」

 「なんだ。アレが面白いのに」

 「いやよ、お気に入りの靴だったら靴が可哀相だもの」

 くすくす笑うゼシカは、視線をエイトに移す。

 「エイトは? なんか雨の日の思い出とかある?」

 話を振ると、運ばれてきたココアを冷ますのに必死になっていたエイトが、ゼシカの声に顔をあ
げた。

 「え、なに?」

 「エイトは子供のときに、雨の日はなにしてた?」

 ゼシカの代わりに、オレがもう一度訊くと、思い出そうとしているのか、エイトは「うーん」と呟くと、
俯く。

 なんとなくエイトも雨の日でも気にせずに、レインコート着てはしゃいでそうなイメージがあるが、
実は小間使いだったんだよな。

 そんな暇もなかったかもしれない。

 「・・・小間使いになる前は、姫と部屋で本を読んでいたり、小間使いになった時は、洗濯物が乾
かないなって心配をして、兵士になった時は室内で訓練とか素振りとか、見回りとかしてたかな」

 ・・・やっぱりか・・・。なんつーか・・・あんまり子供らしからぬ生活だな、おい。

 「本って? どんな?」

 興味深げにゼシカそう訊くが、エイトは「忘れちゃった」と言ってココアを一口。

 「そこで忘れちゃうあたり、エイトだよなぁ」

 同じように苦笑してゼシカもココアのカップを手に取る。

 「本っていえば、昔読んだ絵本に、虹のふもとには宝物があるっていうがあったわ。
 私、その絵本を読んでから、虹を見るのとわくわくした覚えがあるの。
 どんな素敵な宝物があるんだろうって」

 「ああ、よく訊くよな」

 その手の迷信って、マイエラだけじゃなかったのか。見ればヤンガスも頷いて、

 「ガキの頃は信じるんでげすよね。あっしも信じてたでげす」

 ―――と。

 「虹のふもとって、神鳥の魂を使えばいけるかな?」

 希望に瞳を輝かせ、わくわくとした表情で、エイトがそんなコトを言ってきた。

 思わず全員の動きが止まる。

 ・・・信じてる。信じちゃってますよ、このお子様!

 てか、今時ありえねぇっ! こんな胡散臭い話を信じるやつがまだいたかっ!

 突っ込み所が多すぎて、どこから突っ込んで良いのかわからなくなっていると、ゼシカがなんと
か笑顔を浮かべて、

 「あ、あのね、エイト。この話って迷信だから・・・」

 「迷信・・・?」

 「うん。きっと虹がとても綺麗だったから、そういう話になったんじゃないかしら」

 ゼシカの言葉に、エイトは肩を落として残念そうにため息をつく。

 「なんだ・・・。ホントはないんだ・・・」

 こいつ、宝箱とか探すの好きだからなぁ。

 ダンジョンや町に入ったりすると、絶対ヤンガスに『盗賊の鼻』させるし。

 街道歩いてても、宝箱を見つけるとふらふらそっちに行くし、洞窟内でも遠回りだって言うのに
わざわざ取りに行くし。

 あとで良いだろ、と言っても「なにか役にたつものだったら、今取っておかなと困るかもしれない」
と言って、絶対に取りに行く。

 ・・・そのせいで迷子になるっていう事実に、エイトはまだ気がついてないけど。

 「つーかエイト。もし宝があったら、どんなのが良いんだ?」

 試しにそう訊いてみると、エイトは首を傾げて、

 「えーと・・・、すっごく強いスカモンだと嬉しいな。Aランククリアしたいし」

 「そんな強いヤツだったら、スカウトする前にオレ達が危なくねぇか?」

 「そうかなぁ・・・」

 「と、いうか宝物だって言ってんのに、どうしてナマモノを言ってくるかね、エイト君は・・・。
 ちなみにゼシカは?」

 思わずゼシカに訊くと、彼女は「そうね」と呟き、

 「ビーナスの涙みたいな、素敵な宝石がいいな。今思い出しても素敵よね。あれ」

 「あっしは金銀財宝がどんっとあると嬉しいでげす」

 「そういうククールはどうなのよ?」

 「オレはもちろん、絶世の美―――」

 『はいはい』

 言葉半ばで、何故かヤンガスとゼシカが綺麗にハモってそう言ってくる。

 「なんだよ、訊かれたから答えたのに」

 「エイトにナマモノを出すなって言って、自分が言ってるじゃないの」

 「だから最後まで聞けって。美女が虹のふもとで、黄金を持ってだな・・・」

 「いいから。その話は。オチも読めてたし」

 言いながら、ぱたぱたと手を振るゼシカを見て、エイトがくすくすと笑い出す。

 「宝物のイメージって、みんなバラバラだね〜」

 「人が思う『宝』って、その人の価値観によって違うから、バラバラになっちゃうのかもね」

 頷いてゼシカも微笑む。

 それを訊いて、どこか納得したようにエイトがなるほど、と呟いた。

 「でもだいたいイメージは同じだよな。
 みんな『綺麗なもの』って思ってるような気がしないか?
 エイトはともかくとして、ゼシカの言った宝石とヤンガスの言った金とか銀とかさ」

 「・・・僕はともかくってどういう意味だよ」

 「だっておまえ、スカモンに綺麗なのなんていねぇだろ」

 「えー、ハルカンとかゴルドンはキラキラしてるよ?」

 「キラキラしてりゃ良いってもんじゃねぇよ」

 「うむぅ。じゃあ、はぐりんとか?」

 「・・・違う意味で輝いてるけど、それも違うだろ・・・って、もうやめない?
 なんか話がどんどんずれてる気がしてきたんですけど」

 「・・・気、じゃなくて、ホントにずれてるわよ」

 オレの言葉に、呆れたようなゼシカの突っ込みが入る。

 「ねぇ、見て。雨も上がったみたいだし、そろそろいいんじゃない?」

 言われて窓から空を見上げれば、雲のスキマからほんの僅かに青空が顔をだしていた。






 さっきまでの土砂降りがウソのように、空には青空が広がり、太陽が顔を出す。

 「晴れてよかったね〜」

 オレの前を歩いていたエイトが、振り向き様にそう言った後、「あ」と呟いて、そのまま立ち止
まる。

 何事かとエイトが見ている方を見れば、うっすらと虹が掛かっていた。

 「あら、久し振りに見たわ。やっぱり綺麗ね」

 「うむ。綺麗じゃのう」

 おっさんも虹を見上げて、ゼシカに同意する。

 と、視線をエイトに戻せば、虹に見入っているらしく目を離そうとしない。

 「エイト。置いてかれるぞ」

 「え、あ、うん」

 言われてやっと前を向いて歩き出すが、それでも気になるのだろう。ちらちらと見ながら進ん
でいく。

 「・・・そういえば、本で読んだんだけどさ。虹って、どこかの国では虹の正体はドラゴンなんだっ
て話があったなぁ」

 「へえ〜」

 「で、お約束だけど虹のふもとには、そのドラゴンのお宝があるって伝えられてる」

 「また宝物?」

 くすくす笑うエイトに、オレもつられて笑い出す。

 「昔の人たちって、なにがなんでも虹のふもとに宝物を置きたかったのかな?」

 「ま、それだけ虹が綺麗だったんだろうな」

 言って虹を見上げると、エイトも同じようように視線を移す。

 青空にうっすらと掛かった虹は、少しずつ消え始めていた。

 「・・・あぁ、そっか」

 見上げたまま、エイトが言葉を紡ぐ。

 「虹のふもとの宝物って、この大地のことかも」

 「・・・・・・は?」

 またなにを分けのわからない事を、とエイトを見れば、虹を見つめたまま「だってさ」と続ける。

 「ククール言ってたじゃないか。きらきらしてて素敵なものが宝物なんだって。 
 僕達の今見ている景色、すごく綺麗だよ」

 オレを見上げてそう言ってくるエイトに、オレは思わず目の前の景色を再確認。


 雨上がりのせいか、木々の緑がいつもより生き生きしているような気がする。

 太陽の光を浴びて雨の滴が光り、道の水溜りには青空が映し出されていて。

 どこまでも広い空に浮かぶ太陽が照らす大地は、確かに『きらきら』しているような。


 「―――・・・なるほど」

 ぽつりとそう言うと、エイトがふわりと微笑む。

 「そんなふうに言われると、そう見えなくもないなぁ」

 オレが頷いた事が嬉しかったのか、エイトは満面の笑みを浮かべて消えていく虹を見上げる。

 「さっきククールが言ってた、ドラゴンさ。もしホントにいたら、すごく頼りになりそうだよね」

 「いたらな。ま、レティスもいたくらいだし、探せばどっかに居るんじゃねぇの?」

 と言っても、レティスのいたのは異世界だったけど。

 ドラゴンも異世界にいたりするんだろうか。

 「うー、会ってみたいっ! でもって、バトルロードに出てもらって・・・」

 「スカモン扱いかよ。泣くぞドラゴンが」

 世界の守り神のような存在に、そんなコトが言えそうなのはきっとエイトだけだろう。

 「エイト〜、ククール〜、なにしてんの、置いてっちゃうわよ〜!」

 ふと気がつくと、オレ達が喋っている間にゼシカ達はけっこう進んでいた。

 かけられた声にエイトが大きく手を振ると、オレの手を取って歩き出す。

 「旅が終わる前にドラゴンに会えたらいいねぇ」
 
 「会えなかったら、二人で探しにいけばいいって」

 「二人で?」

 「そっ。二人っきりなら誰にも邪魔されないでいちゃつけるしさ」

 言うと、エイトの頬がさっと赤くなる。

 照れくさいのか視線を逸らして―――小さく頷く。
 
 「よし、約束な」

 答えの代わり、とばかりに、繋いだ手をエイトがぎゅっと握り返してきた。



 なにしろ、まだまだ見ていないモノがこの大地にはある。

 このまま旅を続けていけば、いつかどこかで出会えるかもしれない。

 見慣れていた世界ですら、エイトの言葉で違う景色に見えるくらいだから、きっと世界を何周し
たって飽きたりしないだろう。




 ゼシカの呼ぶ声に走り出したエイトの背を見つめて、そう思うと、自然と口許が緩む。
 
 「ククール、早く早くっ」

 「あぁ、わかってる」

 その背を追って、オレもぬかるんだ道を走り始めた。









 二万ヒットの記念小説で、「いつものほのぼの」です。

 ほ・・・ほのぼのとなっていただけましたでしょうか・・・(汗)

 えぇと、記念品、ということで、気が向いた方はどうぞお持ち帰りください。

 いつも読んでくださる方々に感謝いたします。

 本当にありがとうございます。



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